英国民の移民嫌いが英国のEU離脱を招いたかと思えば,米国民のエスタブリッシュメント嫌いによってトランプが大統領に選出されました。これらの現象はそれぞれの国の内政問題なので勝手にしてくれれば良いのですが,結果として一気に逆風にさらされているのが国境を越える科学者のようです。
科学者というのはニュートンの時代から学問成果を国境を越えて発表し,議論することで切磋琢磨して来たというグローバルな文化があります。発見した内容を秘匿するのはピタゴラスの時代の話であり,近代以降は研究内容や発見を公開し,査読し,追試し,反論し,実証し,というのを繰り返して来たからこそ,魔術ではなく科学に進歩したわけで,研究者同士や知識人同士のグローバルな交流が欠かせません。
AASJ.JPの『11月13日:米国科学界のトランプに対する懸念(今週号Nature, Scienceから)』によれば米国科学界はトランプの科学技術政策を全然信用していないとのこと。地球温暖化やES細胞の利用など科学界でホットなネタは色々ありますが,トランプが大統領になれば基本的に科学会にとって後ろ向きな政策がとられる可能性が高いと考えられており,さらに移民審査が厳しくなることで,米国の大学や米国の企業に招聘される外国人研究者の数が減少するのではないかと危惧されているようです。
これと同時進行でブレグジットが進めば,EUから気軽に英国の大手製薬に出稼ぎに来ていたポーランド人研究者などは,従来は必要なかった厳しい就労条件のチェックなどにさらされ,英国からも外国人科学者が逃げていくということになるでしょう。
結果として,外国人科学者は英米を離れ,別の欧州諸国に拠点を移す人も出てくると考えられます。短期的には大した影響はないでしょうが,新たな人材の確保という意味では米国の科学界は苦労するかもしれません。2016年の選挙結果は,今後数年間の科学界での地殻変動になると考えられます。
おそらくですが,チューリッヒ工科大学,バーゼル大学などを擁するスイスが候補として挙がってくるのではないでしょうか。少なくとも生命科学の分野であれば,ノバルティスやロッシュといったメガファーマあることですしスイスは立地的に恵まれています。コンピューターサイエンスのような研究であれば米国を離れるというのは考えづらく,何が何でも米国に留まると思いますが。
英国のEU離脱は政策で決まってしまっており覆すことは難しいですが,米国の方はトランプ政権がどれだけ科学界の価値を理解し,政策に反映するかという「今後」にかかっています。
長期投資家としては,トランプ政権の手腕と,科学界での米国の地位がどう変化するか,様子を見たいと思います。