薬価の強制値下げ
日本のヘルスケア業界にとって逆風が続いています。
日本には特例市場拡大再算定/市場拡大再算定という制度があります。これは,製薬企業の予想を大幅に上回る売り上げとなった薬の薬価を見直し,強制的に最大50%値下げすることを指します。
近年は,抗体医薬品,分子標的治療薬のリリースラッシュとなっており高価な医薬品が増加しています。特に患者数が少ない稀少疾患については,オーファン・ドラッグと呼ばれ,製薬企業へのインセンティブとして薬価を高く設定されてきました。世界の医薬品売上高の上位にも多くの抗体医薬品が名を連ねています。
しかし,ここ数年はギリアド・サイエンシズのソバルディやハーボニなど短期間で年間1兆円以上の売り上げを達成する薬が誕生し,一定以上儲けた企業にはペナルティを科すために(表向きは医療保険制度の維持のために)薬価見直し制度が作られました。
日本の薬価はなぜかジリ貧
日本の場合,ヘルスケア先進国の米国とは異なり,なぜか薬価が2年ごとに引き下げられます。たとえば,飲料水とかティッシュペーパーなど多くの日用品が年々値上げされるのとは対照的です。決して,特許が切れてジェネリックが出てきたといった市場環境の影響とは関係なく,単に一定額以上の売り上げになると強制的に薬価が引き下げられるため,日本市場では新薬の売り上げは初年度が最高でそのあとはじりじり下がっていく,「ジリ貧,寄り天」という特徴があります。それに加えて,市場拡大再算定は,ただでさえ引き下げられる薬価を,一気に半値にまで引き下げてしまおうという大胆なものです。
米国では薬価は上がる
米国ではもちろん,薬の値段は年々右肩上がりで上昇します。日本と異なり,製薬企業とPBMの交渉によって薬価が決まるためです。米国もサンダース議員のバッシングなどので近年はヘルスケア産業はたばこ産業や石炭産業並みに嫌われています。
ですが,こうしたヘルスケアへの世界的な逆風にもかかわらず,私はやはり米国の制度の方が理にかなっており,薬価は引き下げない方が最終的にはイノベーションを加速し,難病で助かる人々を増やすと信じています。もちろん,競合企業が優れた類似製品を出してきて薬価が下がるのは大歓迎で応援しています。
世の中はイノベーションはタダだと考えている
「イノベーションのコスト」という考え方がありますが,半導体企業インテル(INTC)の記事で書いたように「進歩・性能向上し続けるためには莫大な設備投資に金を回すことが必要」だと社会に納得させることが重要なのだと思います。インテルの場合はゴードン・ムーアのムーアという預言者がいました。半導体の場合,「設備投資=イノベーションのコスト」であり,それをやめれば性能競争で敗退し,市場から撤退するしかありません。
ヘルスケアの場合は,「高い薬価設定=新薬イノベーションのコスト」であるという社会的合意が形成されていません。これが悲劇の原因です。まだ,ヘルスケア業界にはゴードン・ムーアに相当する預言者が存在しないのです。
新薬開発というのは1000回すべて失敗する覚悟で,でも「どうしても難病で苦しむ患者を助けたい」という研究者の熱意に惚れ込んで,湯水のように金を投資するわけです。経営者は研究者を信じ,そのアイデアに賭けるわけですが,社会はそうしたプロジェクトX的な新薬開発の裏話,苦労話には関心がありません。「単なる一粒の錠剤がなぜ何千円もし,1回の注射が何万円もするのか」という素朴な疑問を抱くだけです。
とはいえ,米国のようにイノベーションへの投資に寛大な国もあるわけで,政府や政治家,国民がイノベーションへのリテラシーと高めていけば徐々に解決する問題なのかもしれません。
ヘルスケア産業にとって,最大の敵・最大のリスクはときの政府の政策(日本の場合は厚生労働省など)ということになりますが,ヘルスケアに投資する場合には注視していく必要があると思います。
代替案はないのか
日本は医療に関しては後進国であるため制度的には製薬企業にとってきわめて不利です。それも,少子高齢化という社会的背景で切羽詰まっていることを考えると,背に腹はかえられないのかもしれません。
ただ,私の目から見ると,薬価の直接的な引き下げ(回り回ってGDPも下がる)よりは,薬価自体は青天井にしておいて儲けすぎた会社の利益に対して累進課税する方が社会の活性化につながると思います。
そもそも,一薬品の売り上げを目の敵にして薬価を引き下げるのは社会主義的すぎで,ひどいルールです。
薄く広く儲けている企業(たとえば,トヨタなど)は日本では優良企業とされ税制的にも優遇されます。しかし,一つの優れた製品に売り上げを依存する企業がある年以降売り上げが半減するというのは極端な不利益でありイノベーションを止めようとしているようにしか見えません。バイオベンチャー創業者にとっていじめとしか思えない制度は早急に是正すべきです。
日本での特例市場拡大再算定/市場拡大再算定の適用例
2016年
特例拡大再算定 4成分6品目
- 抗血小板薬・プラビックス錠(サノフィ(SNY), 1000億円超)
- C型肝炎治療薬・ソバルディ錠、ハーボニー配合錠(ギリアド・サイエンシズ(GILD), 年間販売額が1500億円超)
- 抗がん剤・アバスチン点滴静注用(中外製薬, 年間販売額1000〜1500億円)
市場拡大再算定20成分45品目
- C型肝炎治療薬・ダクルインザ錠、スンベプラカプセル(ブリストル・マイヤーズ(BMY))
- ヴィキラックス配合錠(アッヴィ(ABBV))
- 加齢黄斑変性治療薬
- 抗てんかん薬